
ソフトウェア業界を離れて約一年。仕事に復帰して 4 週目になった。
プレッシャーは大きい。でも、そのほとんどは自分で自分にかけているものだ。
上司はみんないい人で、Daily では進捗を確認されるものの、細かく監視されることはない。ただ、私はまだ正社員ではないので、自分の力を証明しなければというプレッシャーがある。知らないうちにどこかで評価を下げられているのではないか、と不安になる。
ビザが一年しか下りなかったことにも、かなりショックを受けた。給料を考えれば三年はもらえるだろうと思っていたけれど、どうやら甘かったようだ。
言葉の壁にも挫折を感じている。
普段、日本人の同僚や上司とは日本語で話し、アメリカ人のメンターとは英語で話している。お互いに言いたいことは理解できるけれど、それ以上ではない。みんな何も言わないけれど、自分の表現がうまくないことは自分が一番よくわかっている。
会社ではかなり孤独も感じる。同僚とは会議以外でほとんど話すことがない。幸い、SNS で知り合った友人が何人かの台湾人につないでくれたので、たまに一緒にランチを食べる相手がいる。
念願どおり、規模の大きな会社に入ることができた。厳密な開発プロセスと豊富なリソースがある一方で、略語や社内独自の用語も山ほどあり、AI に聞いてもわからない。何度も質問していると、こんなに疑問が多いのは自分の能力が足りないからではないか、と不安になる。入社直後のハネムーン期間だからこそ、今のうちに何でも聞くべきだと頭ではわかっているのに。
今日、ふと未読のメッセージがあることに気づいた。その中に、とても温かい言葉があったので、一部を紹介したい。
Hello、あなたは本当にすごいと思います。日本での仕事が順調にいくことを願っています。 私も来年、日本の語学学校に通うために申請しました。いつか自分も日本のソフトウェア業界で働くチャンスを得られたらと思っています。 あなたの発信を見て、私も頑張らなければと自分に言い聞かせました。
私がこの業界に戻ろうと思ったのは、AI がもたらす変化はこれからも続くけれど、すべてが一瞬で変わるわけではないと考えたからだ。それまでは、自分から先に降参してはいけない。
来週はちょうど、ビザを切り替えるために台湾へ帰る。気持ちを整えてから日本に戻り、またしっかり頑張りたい。不安や恐怖を、自分で改善できることに一つずつ分解して、内耗を減らしていこうと思う。
台湾へ帰る。でも、家がない
来週、ビザを切り替えるために台湾へ帰る。でも、台湾には泊まる場所がない。
泊めてくれる友人や親戚は何人かいるけれど、二週間となると少し長い。何度も滞在先を変えるのも相手に迷惑をかけそうなので、結局ホステルを選ぶことになるかもしれない。
ただ、自分が生まれた場所へ帰るのにホステルに泊まるというのは、やはり何とも言えない気持ちになる。ここ数日、予約してはキャンセルすることを繰り返している。
台湾を半年以上離れるのは今回が初めてなので、帰ること自体はかなり楽しみにしていた。でも、帰る家がないというのは本当に厄介だ。
こちらで知り合った台湾人が、今では日本へ戻ってきたときに初めて「家に帰ってきた」と感じる、と話していた。私にもいつか、そんな日が来るのだろうか。
今回の帰省では、会いたい友人全員に会うことはできないかもしれない。でも今、私は台湾の友人たちを大切に思っていることを、かなりはっきりと感じている。
先週から友人たちが相次いで東京へ来ていて、私はみんなに会いに行った。でも、みんなが一人ずつ台湾へ帰ってから、自分が思っていた以上にみんなのことが恋しくなるのだと気づいた。
それでも、私は日本が好きだ。理想が壊れたわけではない。
そもそも、こうしたことは日本へ来る前からわかっていた。日本にはまだ実現したいことがあるし、今はまだ台湾へ戻りたいとは思っていない。労働条件、住環境、そしてやりたいこと。どれを考えても、今の私にとっては日本にいるほうがいい。
今はただ、避けられない犠牲と向き合うしかない。
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